私は、経済学科の学部生である。しかし、所属しているゼミは政治学科である。志望通りにならなかったのではない。第1希望のゼミに入った。ではなぜ、経済学科ではなく政治学科なのか。これには多くの要因があったのだが、1つの主要な要因は経済学への疑問であった。
社会科学の学問は、理論を構築することと実証することを大きな仕事として持っている。(もちろん、データ収集して、記述的な分析をすることも大事だが。)理論構築だけ行なっても、現実を無視した自己満足なものになってしまうし、実証だけではより一般化した精密な理論は生まれない。理論と実証を繰り返し行うことで、理論が発展していく。
経済学も、この2つの面を持っている。しかし、理論構築にやや重点が偏っているように思える。演繹的に理論の精度を高めるばかりで、現実に対応しているのかと疑問に思ったのである。さらに、経済学は常に新規更新していく学問であるのだが、教科書に載る理論は古いままである。これでは、私のように現実の応用可能性に疑問を持つ学生が増えることは容易に想像できる。
また、経済学が理論構築を行う際に出発地点としておく仮定が、受け入れられなかったこともある。ほとんどの経済学は、合理的経済人という人間観のもと期待効用理論を仮定している。ほとんどの理論がこれを土台としている。しかし、現実世界において人間が合理的に行動しているとは思えなかった。情報の不完全性があることや人間の心理は合理性とは異なる動機があることにより、意思決定を合理性で語ることは欠如があるように思えた。もちろん、マクロのアベレージでみればある程度説得力が出るかもしれないが、私にはこの仮定が「あきらめ」のように思えた。そして、理論の現実への対応関係を決定的に欠如させているように思えた。
このような経済学の現実との乖離を感じ、政治学ゼミに入り実証研究に従事したわけだが、最近再び経済学への意欲がわかせてくれる出会いがあった。ダニエル・カーネマンの『ファスト&スロー』との出会いである。カーネマンは、意思決定がしばしば不合理であるとし、期待効用理論を批判する。そして、今では経済学に多く応用されるプロスペクト理論を提示した。この不合理性を想定した理論は私の中で画期的であり、経済学への可能性を感じさせてくれるものであった。プロスペクト理論から発達した行動経済学は、私の経済学に対する意欲をもたらしてくれた。
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